三浦大知さんの過去 注目されない時代をどのように過ごしてきたか。

三浦大知

先日の金スマで三浦大知さんの過去について放送されていました。9歳で芸能界デビューし、注目されなくなった時期もひたむきに自身のスキルを磨きいてきた結果が、ここ近年の活躍につながっていることは間違いないでしょう。

2008年ころからは作詞作曲・振り付けも自ら手掛けるようになったという恐るべき才能を発揮されています。

著名人が三浦大知さんに寄せた言葉などをご紹介。

あの「満島ひかり」さんも居た!”Folder”(三浦大知さんが9歳から12歳まで活動)

出典:Amazon

1997年、あの安室奈美恵さん・SPEEDらを輩出した沖縄アクターズスクールから”Folder”というグループのメンバーとしてデビューしたことは知らない方も多かったようです。

デビュー当時はわずか9歳。2000年に変声期が理由で脱退。12歳で活動休止されたので10代・20代の方は知らない方も多いかもしれません。

著名人が三浦大知さんに抱いた想い

星野源さん
”(三浦大知さんの)ダンスビデオを見た時に本当に度肝を抜かれました。”

笑福亭鶴瓶さん
”日本で一番(グラミー賞に)近い存在”

内村航平さん
”歌とダンスの二つが完璧に合わさっている”
(良く聴いているそうです)

あのマツコ・デラックスさんは20年前から三浦大知さんの才能に惚れ込みプライベートでコンサートに行くほどなんだとか。

もちろんダンサーやアーティストさんからの評価も高いです。

世界的なダンスコンテストで2年連続優勝した シットキングスの皆さん
どのジャンルのダンスもトップレベルで踊れるのは三浦大知しかいないと思う

などなど。

巷ではパフォーマンス界の二刀流・大谷翔平と呼ばれているそうです。

息切れはしないの?

あの激しいダンスをしながら歌うのに、息切れをしないのかという質問にはこのように答えていました。

三浦大知さん
そこは結構気合で、気持ちで持ってってる部分と、あとは僕歌って踊るんですけどヘッドセット使わないのはそれが理由で、ハンドマイクだとハーハーいってても外してしまえば息が入らないので、”息が上がってないように見える”っていうか・・・ それをうまく使い分けて この(マイクを口元から外した)間にハーハーいってます

と答えていました。

中居さん
僕はグループにもかかわらず僕自身歌ってなかったので・・・

と爆弾発言も(笑)

三浦大知さんの過去

三浦大知さんの過去。衝撃的なデビューから不遇の時代まで。

デビューのきっかけ

小さい頃からテレビなどで聞いた歌を完璧に歌ってしまうという天才ぶりをみせていたのです。

それを見た母は、近所にあったスクールに6歳になった三浦大知さんを連れて行きました。それがあの”沖縄アクターズスクール”。

三浦大知さんの歌声は、あの安室奈美恵・SPEEDを見てきた講師陣の度肝を抜いたのです。

講師:牧野アンナさん
怪物と言うか、異次元の世界に彼は その年齢で考えたらいましたね。持って生まれたいわゆるリズム感とかセンスとか、SPEEDの島袋寛子だったり、彼女たちを超えるものを持っているコでしたね

地元沖縄のTV番組でSMAPのSHAKEを歌う姿も公開されていました。(心なしかワイプの中居さんの表情が切ない・・・)

Folderのデビューから活動休止

衝撃的なデビュー。和製マイケルジャクソンとまで言われ大ブレイクしました。しかし、変声期を期に活動を休止。

この活動休止は三浦大知さんの声を守り、温存するという事務所の方針によるものでした。

事務所社長
解散するのは君の声を守るためだ。声が変わっている今、無理に歌ったら君の天性の声が失われる可能性がある。いったん休むんだ。

バスケ部のキャプテンを務めるなど、普通の少年として過ごす中学時代。

3年後、歌を聞くが・・・

しかし、3年間温存した結果は、長期間の休止によって変貌してしまった声でした。この時の心境をこのように語っていました。

三浦大知さん
3年間歌ってなかったんで全然声がでないっていうか 使ってなかった筋肉だから固まっちゃってて全然声が出なくて下手になってるし
これから歌うために休んでたのに歌全然良くないみたいなのでスタッフさんも「どうしようかな」みたいな

彼の持ち味であった歌声がなくなってしまい、再デビューの話は白紙状態になってしまいます。

懸命に練習し、すこしずつ歌声を取り戻していくも、再デビューの話はなかなか出てこず・・・2年もの時がただ過ぎていきます・・・

ゴスペラーズ 黒沢さんの楽曲提供

ゴスペラーズ 黒沢さん
(MVを見た時)これは本物来たな!っていう、すごいワクワクしたのを覚えてます。

もっといっても(ブレイクしても)いいのにって。それは大知がブレイクするまで関わった音楽人が全員思ってたはず

ここから7年ほど、”知る人ぞ知る”アーティストとして、一定層に注目されていきます。

2012年12月 PV資料のダンス映像が拡散

リハーサル映像だったにも関わらず、スタッフの目に留まって動画サイトに配信されたのがきっかけでした。

三浦大知 / Right Now (Dance Rehearsal)

ここでようやく世間が三浦大知さんを認知していきます。2008年ダンスが学校の必修科目になったことも、後押しになったと語られていました。

三浦大知さん
ダンスに対しての関心みたいなものも僕がデビューしたときよりも本当1年1年どんどんみんなが興味を持つものになってきているし、ダンサー人口も日本で増えてダンスの土壌が出来上がっている良い時期だった

この頃に初めてパフォーマンスされたのが紅白でも大きな話題となった『無音ダンス』です。

バックダンサー PURI
ダンスのスキルとか振り付けとかはダンサーから見てちょっと変な汗をかく

バックダンサー Shingo Okamoto
センスもすごいあるし、なんでもできるんじゃないかなって

バックダンサー Taabow
立場がないくらい本当に尊敬しますね

KREVAさん
ほら!ほら!って思ってます。この調子で行けるとこまで行って欲しいといつも思ってます。

ゴスペラーズ 黒沢さん
「世間が追いついた」という言葉があるんですけど、大知の場合本当にそうだと思うんですよ

”これから海外が発見する” 世界のエンターテインメントでもあそこまでやってるヤツはいない と語っていました。

三浦大知さんのルーツとは。

戦時中の沖永良部島では、三浦大知さんの祖母を含め島民たちの支えになったのは”歌”だったそうです。

三浦大知さん
おばあちゃんも戦争を経験していて、その戦争を経験していて辛かったんだけど、なにが支えだったかって言ったら「みんなで歌うことだった」って話を聞いた時に、自分も音楽でいろいろできる事あるのかなと

戦時中音楽に支えられた祖母・アキさんは終戦後に歌と踊りの劇団を結成。祝い事など、ことあるごとに歌や踊りを披露していたそうです。

歌の力。歌がもたらす奇跡を信じ、自らそれを体現してきたことが、今日の大活躍の礎となっているのかもしれませんね。

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